議会の存在感とは何か

 昨日につづいて今日も市議会本会議が開かれ、付託議案(市19年度補正予算案や市民病院の一角に市営夜間診療所を開設するための条例案など)を審査した。
 新城市議会では本会議における議案質疑は事前通告制をとっていて、通告していないと発言が許可されない。だから質疑に立った議員は少数だったし質疑項目も少なく限られていた。
しかし今日の議会(質疑)は、議会が存在していることの確かな意義を示した議会だった。
 従来の議案質疑はややもすると「分からないから教えて下さい」式のものが少なくなかったが、今日の議会はちょっと違った。おおくの質疑が、議案内容を事前に十分調査し、問題点を掌握した上で、浮かび上がった疑問点に直接飛び込み、市当局の姿勢や見解をただして迫力があり、議会の存在意義というものを発揮した議会だったと思う。
 他議員の質疑を聞くうちに、ぼくの議員としての姿勢は、錆が浮いて刃先もいささか甘くなった出刃包丁のようだったことに気づかされた。議員としての期数を重ねてきた年数分だけ経験を積ませてもらった面はあっても、反面、いつしか惰性に陥り、"予算はしょせん予算(想定あるいは見込み)でしかない"、"決算はポイントをおさえた議論ができて翌年度予算にある程度繁栄させる議論ができればそれで良い"と決めつけて、議案の分析、評価に甘くなっていたことに気づかされた。時々「このごろ丸くなった・・・」と言われるようになったが、刀身の歯がまるく止まったようになったらもう"引き際"かもしれない。

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